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仏教の救済―日本人の救いとキリスト教①
2011-07-22-Fri  CATEGORY: キリスト教

 三十年以上もこのような仕事を続けていると、ときどき大学や学習センターのお招きを受けてエポペでの福音宣教についてお話をさせていただくことがあります。

 先日行われた神学校の助祭研修会でも、いくつかのテーマに限ってお話をさせていただいたのですが、その一つが「日本人の救いとキリスト教」という内容でした。

 さて、皆さまは日本の文化の中で「救い」や「救済」というと、どのようなことを思い浮かべられるでしょうか。

仏教では、救済について次のように説明しています。

〔救済〕原始仏教では,迷いから解放されること(解脱),永遠の平安に入ること(涅槃)などが強調され,救い主による救済ではなくて,自己の努力による自己の救済が説かれていたわけである。もちろん,仏陀やその他の長老僧に対する絶対帰依によって安心できるようになるということも説かれている(大乗仏教の説明に至る後半割愛)(中村元監修『新・仏教辞典』誠信書房刊より)。

 こうして仏教では、生老病死の苦しみから解放されて悟りに至ること(成仏)を目指し、さらに仏教系の新新宗教ではこれをベースにしながら、先祖供養の大切さや、現世での利益(りやく)がさらにあることを説く(『仏教文化事典』佼成出版社刊など参照)ことになります。

 しかし、キリスト教では、そのような意味での救済を考えていません。成仏を目指した悟りのためや、厳しい生活などの状況から「救われる」という意味だけでは救いという言葉を使わないからです。

 そこで、キリスト教の救いをどのように説明するかという点が問題になるわけですが、その前に、日本ではキリスト教の救いとはどのようなものだとイメージされているのでしょうか。

 ぜひ、お一人おひとりから、(お酒を飲みながら気楽に!)普段ご自身が考えておられることをお伺いしたいと思います……。

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