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人生の同伴者―日本人の救いとキリスト教②
2011-07-25-Mon  CATEGORY: キリスト教

 ご承知のようにキリスト教の救いは、人間にとって都合の良い、100円玉を入れれば、自動販売機のようになんでも願いを叶えてくれて、自分の欲しいものだけを与えてくれるようなものではありません。

 また、この救いは酒もタバコも遊びもしない、聖人君子のような、真面目で立派な人にしか与えられないというのも大きな誤解です。

 キリスト教の救いは、本来は神から素晴らしいタレントを与えられ、愛されて生まれてきたはずの一人ひとりに恵みが注がれ、自分の愚かさやダメさ、惨めさを痛感するようになったときにも、再び光が与えられることであり、神のいのちの中に受け入れられることです。

 日々の生活の中で、なかなか本当には正直に生きられない、自己保身も図り、狡さも持ち合わせているような、それでも、なんとかそこから少しは真っ当な人間になりたいと願う人のところにイエス・キリストが突然やってきて、その人を聖化することなのです。

 それは、ダイナミックな神のいのちに与り、永遠のいのちに生きることを意味します。

 そして、たとえ十字架のような苦しみがあり、無惨に死んだとしても、「どうせ、死んだらおしまい」なのではなく、最後まで神と隣人を愛し、死の苦しみを乗り越え復活したイエス・キリストの姿の中に、人生を自分らしく生きていく意味と方向性を見出だし、ともに生きていくことができるということなのです。

 遠藤周作氏はそのようなイエス・キリストを人生の同伴者と呼び、ネラン神父は、キリストは人に生き甲斐を、生きる意味を与える者だと語り続けておりました。

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