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偶像からの自由とは―日本人の救いとキリスト教⑦
2011-08-06-Sat  CATEGORY: キリスト教

 それでは要約の第一番目から見てみましょう。注意すべきポイントをできるだけ短く説明いたしますが…(笑)。 

 「創造主への信仰に生きるときに、人は世界内の偶像への隷属から解放される」

 この「創造主」という表現には、キリスト教が考える神は、いわゆる八百万の神様や「トイレの神さま」(素敵な歌だと思いますが!)のような存在ではなく、時間、空間、次元をも創造した(時間、空間、次元さえも超えている)というニュアンスが込められています。

 そこには非常に壮大な世界観があり、この宇宙万物、一切のものは神によるものだという認識があります(ヨハネ1・3、1コリント8・6など参照。旧約聖書には多くの言及があります)。

 続く、「偶像への隷属から解放」というのは、わたしたちが偶像に囚われていることから自由になるということす。

 ご存じの通り、アイドル歌手のアイドルの語源でもありますが、偶像は旧約聖書に出てくる「金の子牛」(出エジプト記、列王記、歴代誌)だけではありません。

(ちなみに、仏教でも囚われや執着が悟りの障壁になると考え、それを捨てることが重要な問題です。「我執」といいますが、詳しくは仏教のご僧侶にお尋ねください。ご要望があればお客さまをご紹介いたします)

 申し上げるまでもなく、わたしたちの生活は知らず知らずのうちに、本来は手段であるはずのカネを最高の価値としたり、観念や理論であるイデオロギーや占い(運命)を神聖視してしまうということがないでしょうか。

 本来は方法論に過ぎなかった科学技術についても、人間による思い込みで偶像化してしまうと生命の危険すらあります。

 錬金術ではありませんが、さまざまなものを金科玉条にしてしまうという点では、むしろ現代文明こそ、多くの偶像を生み出している、と言うこともできるかもしれません。

 ネラン神父は、この「信仰」によって、人は運命(論)から自由になると説き、どうせ仕方がないとあきらめるのではなく、「悪法ならば改正すればいい、政治なら変えればいいよ!」と真顔で言っておりました。

 (なにせフランス革命の本家本元ですから)

 なお、それではカトリック教会がどのように「世界内」を考えているかについては、何冊もの書籍がありますので、百瀬文晃神父のご著書や以下もご参照ください。

 教皇庁 正義と平和評議会『教会の社会教説綱要』カトリック中央協議会刊

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