エポペ航行日誌
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遺された十字架
2011-10-30-Sun  CATEGORY: キリスト教

 三十年以上、自分を育ててくれた店舗を、文字通り木端微塵に解体する現場に立ち会うという経験は、わたしにとっても初めてのことです。正直、どのような気持ちになるのか予想もできず、自分でも構えていたところがあります。

 しかし、バブルとともに始まり、バブルとともに終わった「エポペ2」の閉店からも十年以上が経っています。いつか、この日が来ることは分かっていた気がするせいか、意外に、冷静に見送ることができました。

 兎にも角にも、既に限られている厳しい条件のなかで、キリスト教の案内所として良いイメージを守りながら宣教・伝道を続け、諸宗教との対話のためにも開かれているこの場所を、毎日事故なく秩序を保って維持するための苦労話は、一晩あっても語り尽くせない(笑)ほどです。

 が、ここでの出会いの素晴らしさを絶やしたくないという気持ちや、ネラン神父がなんとか元気なうちはという願いで続けてきたこともあり、実は、やれることはすべてやったはずという満足感もありました。

 大勢の職人さんたちの手によってすべてが運び出され、あっという間に何もなくなってしまったがらんどうの「エポペ」。あれほど苦労してもたせてきたはずなのに、壊すのはたった3日の出来事でした。

 残すはずの空調設備の一部までがなくなってしまったり、ガスの検査に手間取ったりと、多少の問題はありましたが、最後にはガス管も水道管もコンクリート壁から見事に外されて、きれいに処理してもらいました。

 そして、全ての床や壁がなくなり、思ったよりも広々とした空間の真中に立ち、「もう、これでいいですよね…」とひとり感慨に浸ろうと、なにげなく天井を見上げると、そこには、なにやら見覚えのあるものが。

 スタッフが祈るために厨房にだけは掲げられていた十字架が、しっかりと同じ位置に、ただ、床が取り去られているので、見上げるような高みからわたしを見下ろしておられるのです。

 職人さんたちのだれもが気がつかなかったのでしょうか。それとも、これだけはわざと置いておいてくれたのでしょうか。いや、そんなはずは…。

 ちょっと驚きながら、スタッフたちをいつも見守ってくれていた十字架を、最後の最後に、そっと取りはずしました。

 そして、油に塗れ、煤けて、苦しみ、疲れた表情のイエス・キリストを見つめた瞬間です。

「何も終わってはいない。これからも、わたしは共にいる」

 そうだ、寧ろ、この次はもう少し広くて、カウンターとテーブル席が一つずつだけでなく、テーブル席はもう少しあった方が良かった。

 テーブルを片づけるとすぐにミサもできて、小さなコンサート会場にもなり、できれば禁煙と喫煙も分けられて、車いすの方のためのバリアフリーはもちろん、子ども連れの方が安心できる空間もあって。

 今度は絶対に広々として品数も多く出せるキッチンは、ちょっとは外からも見える方が楽しいかも。若い人たちが気軽に立ち寄れるような場所で、新しい出会いが生まれるようなイベントも。まずは「エポペの集い」を月一回開催して…。

 突然、疲れた頭の中に、さまざまな考えが沸きあがった自分にため息をもらしつつ、実は正直なところ、こう祈ったのでした。

「後ろを振り返る(過去に拘る)な、ですね。しかしお願いです、ちょっとくらいはお休みも、主よ!」

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