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クリスマスを待ちながら
2011-12-21-Wed  CATEGORY: キリスト教

 間もなくクリスマス。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

エポペという懐かしい場所がなくなってしまい、残念に思ってくださっている方が多いようです。

そこで、今から二千年以上も昔(紀元前586年)のことですが、それ以上に深刻に居場所を失ってしまった人々のことに思いを馳せてみたいと思います。

 キリスト教の礼拝の基礎になっているものは、ユダヤ人の会堂での礼拝だとご承知の方は多いと思いますが、ではそのシナゴーグ礼拝がなぜ始まったのかについて、ご存知の方は意外に少ないかもしれません。

実は、このシナゴーグ礼拝は、エルサレムが破壊され、ゼデキヤ王をはじめとするユダヤ人たちがバビロンへと連行された、「バビロン捕囚」の出来事によって生まれました。

今までのように神殿での礼拝ができなくなったイスラエルの民(神の民)でしたが、彼らはエルサレムの立派な神殿ではなく、小さな会堂で礼拝を守る方法を編み出したのです。これがシナゴーグ礼拝です。

 J.F.ホワイト著、堀越弘英訳『キリスト教の礼拝』(日本キリスト教団出版局)では次のように説明されています。

 シナゴーグは、ちょうどアメリカ合衆国に移民としてやってきた人々が自分たちの民族的なクラブを創設したのと同じように、明らかにユダヤ人の生き残りを賭けた営みとして始められたものであった。イスラエルは自らのアイデンティティを「想起」という方法によって維持しようとした。すなわち、「神に選ばれた民」であるイスラエルは、独自の歴史をもつ民族である自分たちに対して神が成し遂げられた行為を想起しようと努めたのである。(第五章「み言葉の礼拝の歴史」)

こうしてディアスポラとなってばらばらになった後も、ユダヤ人たちは、シナゴーグ礼拝を守ることによって、そのアイデンティティを継承していくことに成功するのです。

この神殿にとらわれない考え方は、キリスト教にも受け継がれていきます(注・教会の建物は神殿ではありません。これ以上申し上げると細かくなりすぎますので、こんど飲みながらでも~)。

そこで、わたしたちエポペの民も神殿(もちろん冗談です・笑)を失ってしまいましたが、せめて月1回は集まって、その精神を想い起こしつつ、今までの結び付きを大切にしながらまた新たな出会いを生み出したいと思うのです。

 というわけで、12月24日の夜には、いつものように、皆さまをお待ち申し上げております。もちろん、キリスト教のクリスマスがはじめての方でも大丈夫(変な言い方ですが!?)、どうぞ安心してお越しください。

http://www.epopee.co.jp/ 当日の飛び入り参加も大歓迎ですが、前日までにご連絡いただけると大変助かります!)

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