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「詰め腹」とキリストの受難
2012-04-07-Sat  CATEGORY: キリスト教

昨夜は「聖金曜日」、多くの教会でイエス・キリストの十字架刑の様子が再現されました。

なぜ、この一人の人の死をかくも多くの人が見つめる必要があるのでしょうか。

日本では、「詰め腹を切らされる」という日常表現があるほど、本来はその人だけの責任ではないかもしれないのにというニュアンスも含みつつ、切腹して強制的に責任を取らされるという事態は一般的なことなのかもしれません。

そのため、罪のない人が死ななければならないというイエスの受難は、特に珍しいことではないと思われてしまう可能性もあり、キリストの十字架はクリスマスほどには注目されないようです。

(もし、イエスが日本で生まれて磔にされたら、弟子たちも全員切腹させられて話が終わってしまう、というブラックジョークがあるほど…)

しかし、一人の無実の人が死ぬべき理由がどこにあったのかを知ることは、その他の多くの無辜の人々の死にも関わってくるはずです。

その死にはどのような意味があったのでしょうか。そして、この死にはこれからも意味があるのでしょうか。

ここには、キリスト教の「復活」と「永遠の命」への土台が隠されています。

今日から明日にかけて日本と、世界中のキリスト教会で復活祭が祝われます。どなたでも参加できますのでぜひお越しください。

ちなみにカトリック教会では、ケセン語訳聖書で知られ、東日本大震災で自らも被災しながら救援活動を続けた医師、山浦玄嗣氏のコラムが掲載されたリーフレットが配られています。

ぜひ、手にとってお読みになってみてください。
真に圧巻としか言いようのない先生の告白に熱いものが込み上げました。

復活祭おめでとうございます。

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